うなぎの背開きと腹開き 何が違う?

おはなし

私たちが日々お届けしている「うなぎ」ですが、実は地域によって仕立て方が大きく異なることをご存じでしょうか。その違いを象徴するのが鰻をさばくときの「背開き(せびらき)」と「腹開き(はらびらき)」です。今回は「背開き」と「腹開き」の違いやそれぞれの背景にある歴史、そして私たち大和養魚が守り続ける「こだわり」について分かりやすく説明したいと思います。

ひと目でわかる「背開き」と「腹開き」の違い

まずは一般的に言われている関東(東日本)と関西(西日本)のうなぎの扱いについて全体像をパッと見比べられる比較表にまとめました。

比較項目背開き(東日本・関東流)腹開き(西日本・関西流)
主な地域東京を中心とする東日本大阪・京都を中心とする西日本
包丁を入れる場所背中から包丁を入れるお腹から包丁を入れる
頭(かしら)の扱いさばく段階で頭を切り落とす頭をつけたまま扱うことが多い
串の打ち方短めの竹串を刺す長めの鉄串を刺す
焼き上がりの見た目切り分けられていて角が綺麗長い一本の状態でインパクトがある

こうして並べてみると真逆のアプローチをとっていることが分かりますよね。ではなぜこのような違いが生まれたのでしょうか。そこには江戸時代における「江戸(東京)」と「大坂(大阪)」の街の文化や気質の違いがありました。

歴史背景「武士の江戸」vs「商人の大坂」

・ 関東が「背開き」になった理由 武士の街ならではのタブー
江戸時代、東京は将軍様をトップに多くの侍が暮らす「武士の街」でした。この時代に「切腹(せっぷく)」という言葉は武士にとって最も不名誉でありかつ恐ろしい言葉でした。うなぎをお腹から包丁でさばく行為は当時の人々にとって「切腹」を強く連想させるものであり非常に縁起が悪いと嫌われました。「お侍様にそんな縁起の悪いものは出せない」という料理人たちの配慮から背中から包丁を入れる「背開き」が定着したと言われています。

関西が「腹開き」になった理由:商人の街ならではの粋
一方の大坂は「天下の台所」と呼ばれ、活気あふれる「商人の街」でした。武士のルールやメンツに縛られない商人たちの間では綺麗ごとよりも「本音」や「信頼関係」が何より重んじられます。そのためお腹を開くことは「お互い腹を割って話そう」「腹を割って商売をしよう」という非常にポジティブで粋(いき)な意味に捉えられ縁起が良いと好まれました。

境界線はどこ?中間の「静岡・愛知」にある面白いハイブリッド文化

日本のどこで関東風の背開きと関西風の腹開きが切り替わるの?」という疑問が湧いてきますよね。一般的には、日本の東西を分ける「天竜川」や「大井川」あたりが背開きと腹開きの境界線と言われています。その中間地点にあたるここ静岡県浜松市は関東と関西のルールが絶妙に入り混じった大変興味深い独自の文化が存在する地域なのです。東から来たお客様も西から来たお客様もいらっしゃるこの地だからこそ職人たちは技術を磨き合い独自の進化を遂げてきました。その中で私たち大和養魚がたどり着き守り続けているのが「背開き×蒸さない(地焼き)」というスタイルです。

🗻 静岡県・浜松の文化
うなぎの養殖発祥の地として有名な浜松では関東風の背開きのお店と関西風の腹開きのお店が街の中に混在しています。
・東海道の「宿場町」としての歴史
江戸時代、浜松は東海道の重要な宿場町(城下町)だったため参勤交代などで江戸と地方を行き来する武士や旅人が多く滞在しました。江戸で大流行していた「江戸前うなぎ(背開き)」のスタイルが旅人をもてなす料理として早い段階から浜松に持ち込まれ、定着しやすい土壌があったようです。

・地理的な境界線「天竜川」の存在
文化の境界線として浜松の東側を流れる大河「天竜川」の存在が大きく影響しています。 昔から「天竜川を越えると文化が変わる」と言われており、江戸から流れてきた「背開き・蒸す」という関東の技法が天竜川の手前(現在の浜松市中心部や浜名湖周辺)にまで強く浸透しここで食い止まりました。そのため浜松は「関東風文化の西の最前線(終着点)」となったのです。

🏯 愛知県・名古屋の文化
お隣愛知県の名古屋名物といえば「ひつまぶし」ですよね。ひつまぶしは基本的に関西風の「腹開き」で作られることが多いです。一本丸ごと豪快に焼き上げ、それを細かく刻んでご飯に乗せるため頭付きで長いまま扱う関西風のさばき方が非常に都合が良かったと言われています。
実は、この境界線を挟んだ静岡県浜松市と愛知県(名古屋)の間には食文化の好みがガラリと変わる面白い境界線もあるようです。
名古屋のグルメ(味噌カツ、手羽先、ひつまぶしなど)はどれもガツンと個性的で「濃い味付けやボリュームがあって、最高に旨い」という満足感を愛する名古屋経済圏(愛知・三重など)のハートをガッチリ掴んで爆発的に広がったようです。
しかしなぜ浜松にはひつまぶしが深く浸透しなかったのかというと、浜松はうなぎ養殖の発祥地であり「うなぎの蒲焼」という絶対的な定番スタイルが既に確立されていたためです。ふっくらと焼き上げた蒲焼をご飯に乗せるシンプルな「うな重」や「うな丼」へのこだわりと誇りが地域に根付いていたためと考えられています。

大和養魚のこだわり なぜ「背開き」で「蒸さない」のか?

当店のうなぎは武士の街・江戸の伝統を受け継いだ「切腹を避ける背開き」で美しく捌き、調理は関西風の「地焼き」を取り入れております。職人の手によって美しく丁寧な「背開き」でさばかれたうなぎは調理の工程では関東流の「蒸す」工程を一切挟みません。白焼から蒲焼まで一気に直火で焼き上げる「地焼き(じやき)」で仕上げます。この「背開き×地焼き」の組み合わせこそが大和養魚のおいしさの秘密です。蒸さないことでうなぎ本来の力強い旨味や上質な脂が身の中にギュッと閉じ込められます。職人がじっくりと丁寧に焼き上げることで「皮目はパリッと香ばしく、身はふっくらとジューシーで心地よい弾力がある」極上の蒲焼が完成します。
自社養鰻場から一貫してこだわって育てた自慢のうなぎだからこそ素材本来の力を最大限に活かすために私たちはこの焼き方にこだわり続けています。ひと口食べればパリッと弾ける香ばしさと溢れる旨味の虜になるはずです。職人の技とこだわりの結晶をぜひご堪能ください。大切な方への贈り物やご家庭での特別なひとときに大和養魚の本物の味をぜひいかがでしょうか。皆様からのご注文を心よりお待ちしております。

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明治40年の創業以来うなぎ一筋110余年。浜名湖畔に広がる広大な自社養殖池で飼育したうなぎを一尾一尾丁寧職人が手開き手焼きで焼き上げます。
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